2021年11月に科学雑誌Natureに発表された新説「日本語のルーツは9000年前の西遼河流域の黍(キビ)農耕民に」は大変興味深い内容でした。本記事ではこれをご紹介しつつY染色体ハブログループとの関係をMIXして独自に日本人はいつどこから来たのかについて推察してみたいと思います
『Y染色体ハブログループ』とは
Y染色体ハブログループって聞いた事ないよって方の為にちょっとだけご説明いたします
Y染色体はX染色体とともに性染色体と呼ばれ男性か女性かを決定する染色体です。人間はこの性染色体を二つ持ちますが男性はYとX、女性はXとXの組み合わせを持ちます
Y染色体は男性しか持たない為、父から息子にしか伝わりません。この性質によりY染色体のタイプを調べる事によりその男性がどのグループに所属するのかが解る大変重要な特性を持ちます
そして今この現代においてどの地域にどういうタイプのY染色体ハブログループ男性が存在するかを調べる事でこれまでの悠久の歴史における民族の移動経路や果ては争いの痕跡までをもおぼろげながら推察する事ができるのです
推察は後の章で行うとしてここではまずデータを見て行きましょう
下記に東アジアにおけるY染色体ハブログループの内訳を示します
民族 | 言語 | サンプル数 | C | D | K | N | O1a | O1b | O2 | Q |
東アジア全体 | *** | 988 | 19.9 | 4.8 | 1.9 | 6.4 | 5.4 | 16.3 | 33.7 | |
漢族(中国) | シナ語 | 166 | 6.0 | 0.6 | 1.2 | 9.0 | 9.6 | 16.3 | 55.4 | 0.6 |
チベット・ビルマ | チベット‣ビルマ語 | 964 | 8.4 | 18.5 | 17.7 | 3.1 | 6.3 | 38.7 | ||
日本人 | 日本語 | 259 | 8.5 | 40.8 | 0 | 1.6 | 0 | 27.0 | 22.1 | 0.4 |
日本人(アイヌ) | アイヌ語日本語 | 16 | 12.5 | 87.5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
朝鮮民族 | 朝鮮語 | 317 | 9.1 | 4.0 | 4.1 | 30.3 | 44.5 | 0.6 |
日本人が中国人、韓国人とは起源を別にする民族だとする有力な証拠として日本人はDタイプの人が全体の40.8%も占めるのに対して中国はわずか0.6%、韓国(朝鮮)4.0%しか居ない点が唱えられています
このDタイプこそが日本特有の人達であるというわけですが、ここではアイヌの人に限ってみればDタイプの人の率はさらに増して87.5%にも及ぶ点をチェックしておいてください
新説『日本語のルーツは9000年前の西遼河流域の黍(キビ)農耕民に』とは
元の科学雑誌Natureの記事は英語ですので日本語にしていただいた下記の記事を参照させていただきました
日本語のルーツは9000年前の西遼河流域の黍(キビ)農耕民に!|way_finding|note
まずはおおまかに新説の要旨をかいつまんで列挙いたします
- 日本語のルーツは9000年前の西遼河流域の黍(キビ)農耕民にありそれはトランスユーラシア語族
- トランスユーラシア語族それはトルコ語、モンゴル語、ツングース語、韓国語、そして日本語の共通のルーツ
- トランスユーラシア語族は徐々に西へ東へと勢力を伸ばしそして今から3000年前ごろになって朝鮮半島から日本に伝わった
西へ東へと勢力を伸ばしながら地域地域での青銅器時代以降の広範な文化交流により複雑に変容しトルコ語、モンゴル語、ツングース語、韓国語、そして日本語へと進化していったというのです
下記に図を引用する。参照元は次のページである。
上のaの図は現代におけるトルコ語、モンゴル語、ツングース語、韓国語、そして日本語の分布を示します
下のbの図はトランスユーラシア語族が徐々に西へ東へと勢力を伸ばしていくイメージです
ここでなぜこの様な説を唱える事ができるのか?その説明はかなり長くなりますので元の記事をご参照下さい。科学的な検証が十分になされており大変興味深いです
【自説】Y染色体と日本語のルーツ新説をMIXして推察する日本の起源
ここからはいよいよ新説「日本語のルーツは9000年前の西遼河流域の黍(キビ)農耕民に」とY染色体ハブログループとの関係をMIXして独自に日本人はいつどこから来たのかについて推察してみたいと思います
ただし筆者は専門家ではありませんのでかなりのトンデモ論を含む可能性がある事をご了承下さい
Wikiによりますと縄文時代とは今から1万6千年前~3千年前、弥生時代は3千年前以降となっています
トランスユーラシア語族は徐々に西へ東へと勢力を伸ばしそして今から3000年前ごろになって朝鮮半島から日本に伝わったという新説と照合するとちょうど縄文から弥生への過渡期に伝わったことになります
言語が伝わったという事は当然ここで人の移動があったはずです
それではY染色体ハブログル-プで言うところの縄文時代すでに日本列島に居たグループはどれで渡来したトランスユーラシア語族はどれか
ここで今いちど先の章でご案内したY染色体ハブログループの分布リストを張ります
民族 | 言語 | サンプル数 | C | D | K | N | O1a | O1b | O2 | Q |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
東アジア全体 | *** | 988 | 19.9 | 4.8 | 1.9 | 6.4 | 5.4 | 16.3 | 33.7 | |
漢族(中国) | シナ語 | 166 | 6.0 | 0.6 | 1.2 | 9.0 | 9.6 | 16.3 | 55.4 | 0.6 |
チベット・ビルマ | チベットビルマ語 | 964 | 8.4 | 18.5 | 17.7 | 3.1 | 6.3 | 38.7 | ||
日本人 | 日本語 | 259 | 8.5 | 40.8 | 0 | 1.6 | 0 | 27.0 | 22.1 | 0.4 |
日本人(アイヌ) | アイヌ語日本語 | 16 | 12.5 | 87.5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
朝鮮民族 | 朝鮮語 | 317 | 9.1 | 4.0 | 4.1 | 30.3 | 44.5 | 0.6 |
いきなり結論ですが縄文時代に既に日本列島に住んでいたいわゆる先住民はタイプCの人達及びにタイプDの人達と考えるのが妥当ではないでしょうか
何故そう考えるのかと言うと
- タイプCとタイプDはハブログループの中でも比較的古く分岐した系統であること
- 大陸との接触は比較的少なかったと思われるアイヌにはCとDしかいないこと
そしてタイプDは自己犠牲遺伝子だとする研究者がいます
かつては東アジアにも広く分布していたタイプDは特にタイプO2により徹底的に排除され日本という大陸から海を隔てた島であったりやチベットという高山地帯であったりといわゆる大陸の中心地からはへき地でかろうじて勢力を保ったという推論ができるかもしれません
では今から3千年前にやってきたトランスユーラシア語族はどのハブロタイプなのか
それはO1bなのではないでしょうか
何故そう考えるのかというと
- それまでの言語(原初縄文語)をトランスユーラシア語に置き換えるチカラを持っていたからにはある程度の大勢力であるはず
- トランスユーラシア語族は所謂「漢」民族ではない(漢民族はSVO型言語)ので現中国における最大勢力であるO2ではないはず
この2点から消去法で考えると今から3千年前にやってきたトランスユーラシア語族はO1bであろう
そして日本列島にやってきたトランスユーラシア語族O1bは列島の言語を自らの言語に置き換えながらも元からの先住民C、Dを排除する事なく融合させていった、または言語以外はお互いの文化が対等に融合し縄文から弥生へと時代を進化させていったと推測します
原初縄文語は列島に多種多数存在していてトランスユーラシア語より使い勝手が不便な局所言語だったのかもしれません
またはトランスユーラシア語族O1bが各地で支配階級となりC、Dに言語変更を強制して行ったのかもしれません
トランスユーラシア語族O1bの言語に置き換えられる前の原初縄文語がアイヌ語なのではないかとする説もあります。ただ縄文時代に既に日本列島の言語がアイヌ語に統一されていたかは疑問です。アイヌ民族は既に存在していただろうとは思いますがそれは主には樺太を中心とした北方のみだったんじゃないかと思います。だからトランスユーラシア語族O1bの影響を受けなかったのだと考えます
ただし多種多数存在した原初縄文語がアイヌ語と似た文法を持っていた可能性はあるかもしれません
さて日本人のハブログループで割合が多いのは後はO2タイプです
残ったO2タイプですがこれが所謂教科書にでて来る「渡来人」であり日本列島が原初日本語になった後から列島にやってきた人達であろうと類推します
朝鮮半島経由ではないこんな説もあるかもしれない
言語からみると今回の新説で述べられている様に「日本にやってきたのは朝鮮半島経由」だとするのが一番すんなりときますが、一方では水田稲作は日本列島から朝鮮半島に伝わった事実が明らかになってきました。
もしかしたら言語も中国を支配した異民族殷の人達または殷側についた都市国家の人達(O1b)が周(O2)に国を追われた時に日本列島に大挙して逃げてきた、その時にトランスユーラシア語およびに水田稲作を持ってきた。ただし九州にたどり着いた人と朝鮮半島にたどり着いた人に別れ言語の分岐が始まった、朝鮮半島では水田稲作は気候が合わず失敗したが後から日本列島の稲品種で水田稲作を始めた。
という可能性もあるかもしれません。殷の時代にそんな大規模な航海をする為の造船技術があったのかという疑問は残りますが全ての時系列と大規模な人の移動があった原因がすんなりと収まります
ただそんな特筆的な事があったならそれを匂わすような伝説が残っててしかるべきかもしれずまだどこかに誤りがありそうですね、完全正解たどり着くには
「かもしれません」オンパレードな記事ですが素人だからできる大胆な推測は楽しいものです。さらに新たな説や考古学的発見が楽しみですね
コメント すみませんが海外スパムが大変多い為手動認証してます。基本、日本語のコメントは全て認証します。
日本人のo1b2はそんなに新しい遺伝子タイプじゃないよ
現代日本人から見つかるo1b2は1万年前のタイプから新しいタイプまでほぼまんべんなく見つかる。
つまりo1b2自体が日本か満州発祥ではないかと言われてきている。
3000年前にやってきたのならまんべんなく見つかるというのは考えにくい
たとえば韓国は新しいタイプばかり見つかり、それは日本から渡った子孫だと考えられている。
ご指摘ありがとうございます。考え直してみます
その頃来たとしたらo2じゃないか?
O2の可能性もあるかもしれませんね、WikiでO1b2について調べてみたのですが
「稲作文化を伝えた弥生人(倭人)と推定される」とありますのでO1b2の渡来の年代的には弥生時代の可能性もある様ですが、トランスユーラシア語を伝えたのはO2なのではないかとも思い始めてる感じです。正直分りません
ちょっと前まではそういわれてたんだが、最近の遺伝子解析が進んだことで否定されてしまっているよ。
もともと日本にいた。O1B2満州か日本のどちらがか発祥だと最近ウィキも書くようになった。
ちなみに稲作を始めたのも縄文部落だったというのも最近の研究で決定的になっている。
菜畠遺跡では縄文土器と一緒に水田あとが出てきており、しかも年代測定でそれは紀元前1000年までさかのぼることが明らかになった。
水田稲作が弥生土器や金属器をもってやってきた外国人が始めたという説もひっくり返っている。
そうなんですか
という事はO1b2は縄文人で、トランスユーラシア人(弥生人)はO2が正解なのかもしれませんね。また新しい情報があったら是非教えて下さい