検事自殺事件―米国のTV番組『To Catch a Predator』に見る日本との文化の違い

こんにちは。今回はアメリカのテレビ番組『To Catch a Predator』という【おとり摘発】の番組にひっかかった検事が逮捕時に自殺した事件をご紹介します。この番組を通してアメリカと日本の犯罪に対する文化の違いが見えてきます。



ひっかかった検事が逮捕時に自殺

それはウインドウズXP全盛期、インターネットが今の様な動画中心になる以前の出来事でした。

テキサス州に住む地方検事のA氏(56)はとある怪しげなオンラインチャットを楽しんだ。相手は性的接触が法律で禁止されている未成年の少年Bだった。テキサス州の州法ではこれだけで重大な性犯罪となる。

チャット内でA氏は少年Bの自宅に行く約束をした。しかしA氏は何故かそこに行かなかった。

それは彼にとって懸命な判断だった。

少年Bの自宅とは実は嘘でありそこは『To Catch a Predator』というTV番組が警察当局と協力して仕組んだ小児性犯罪者を捕まえる為の罠の家だった。少年Bは仕込みであり協力する市民団体の人物だった。

難を逃れたかに見えたA氏だったが朝、彼の自宅に警官とTo Catch a PredatorTVクルーがやってきた。彼は任意同行を拒否して決して玄関ドアを開けず家に立てこもった。

午後になって捜査令状が下りた事で何と銃を構えたSWATチームがA氏の家に押し掛けてきた。

SWATチームがA氏宅の勝手口ドアをこじ開けた時、部屋奥にいたA氏は自らのこめかみに銃口をあてながらドア口のSWATチームにこう叫んだ。

「私は誰も傷つけるつもりはない」

https://en.wikipedia.org/wiki/Suicide_of_Bill_Conradt

そう叫んだのちA氏は拳銃のトリガーを引いた。

A氏は自殺した。

To Catch a PredatorTVクルーは彼の最後の言葉を録音する事に成功し遺体の撮影もした。

現場にいた警官は「これは良いテレビになるだろう」と言った

https://en.wikipedia.org/wiki/Suicide_of_Bill_Conradt

『To Catch a Predator』とは

A氏の自殺に関与した番組『To Catch a Predator』について詳しく見ていきましょう

『To Catch a Predator』とは
放送局・放送期間 NBC(アメリカ) 2004年11月11日~2007年12月28日
日本語タイトルプレデターを捕まえろ
番組ジャンルリアリティショー
番組概要小児性犯罪者をチャットでおびき寄せ撮影放送した。人気を博し当局と連携。逮捕の瞬間や拘置所での様子まで放送(顔モザイク無し)

この番組はNBCのニュース雑誌番組のいちコーナーとして2004年に始まるやたちまち人気コーナーになりました。内容は小児性犯罪者をオンラインチャットで撮影場所の家におびき寄せ少年少女(役のボランティア)と少しばかり話をしたところで司会役の男性が現れ性犯罪を糾弾するというものでした。

人気になった事で1時間番組に格上げされるとともに警察当局と提携するようになりました。

糾弾して終わりではなく警察による逮捕まで放送する様になったのです。もちろん実名報道・顔モザイク無しです。

ざっと番組の流れを書くとこんな感じです

  • チャットで釣られた犯人が撮影用の家にクルマでやってくる
  • 少年少女役のボランティアが出迎えキッチンでしばらく話をする
  • 頃合いを見て司会者男性が現れ犯人を追い詰めて行く
  • 言い逃れができない事実を突きつけられた所でカメラマンも一斉に登場する
  • 犯人は撮影を逃れようと家から出たところを外で待ち構えていた警官らに取り抑えられ逮捕
  • 犯人の拘置所での様子を流しながらエンディング

司会者が毎回おなじみのセリフで犯人の目の前に登場する、家を出た所で毎回同じ様に逮捕するなどまるで水戸黄門の印籠シーンのような定番の展開は一種のショーでありエンターテイメント性を持っていました。

前章で自殺したA氏はこの番組の仕掛けたオンラインチャットに手を出してしまったものの仕組まれた家にはいかなかったのです。がそれでも彼は特定され自宅に警官とTVクルーがやってきて自殺してしまったというわけです。

A氏の自殺によって番組に批判的な意見が寄せられるようになりスポンサー離れが起こった事により番組は、(A氏の自殺から約一年後の)2007年12月で打ち切りになります。

しかし番組司会者(NBC解雇)はキックスタートにより2016年に別のニュース番組のいちコーナーとして番組を復活させます。こちらは約3年程度続きました。この後継番組が終了した原因は倫理的なものではなく番組が有名になり過ぎてしまった事とSNSやネット動画の普及拡大によって犯人が罠に引っ掛かり辛くなったためと言われています。

日本は本当に大丈夫なのか

私は『To Catch a Predator』の事を知っていくうちにアメリカ社会というものが何かとても恐ろしいと感じるようになってしまいました。

オンラインチャットだけで重罪になるというのはその国のお国柄だと受け入れるとしても

  • おとり捜査スレスレのやりかた
  • 犯人のプライバシーは一切考慮しない
  • 警察が民間のTV番組と実質的に連携している
  • 逮捕劇をエンタメとして消費してしまう
  • A氏の自殺後でも番組は1年も続いた

これらの事実は日本人にとっては「信じられない」と思うようなものばかりではないでしょうか。

私はこれを日本とアメリカの倫理観の違い(日本は性善説、アメリカは性悪説)だけで片付けて日本は安泰だとしてはいけないような気がするのです。

日本は性善説、アメリカは性悪説というのは今現在はそうなだけであって実はもっと流動的なものではないだろうかと

アメリカが性悪説なのはこの国が多人種多民族国家であり格差社会であるためと思われます。あまりにいろいろな考え方や宗教の人がいて全ての人と分かり合える事はとても不可能だ。そうなると人を善と悪の単純化した2色に塗り固めてしまうのが手っ取り早い。悪がいるからには性悪説でなければリスクが大きすぎる。

逆に日本は【ほぼ単一民族国家】で格差の少ない社会なのでアメリカに比べれば多様性はまだ知れている。だからこそ一人ひとりの細やかな違いを認め分かり合おうとすることがまだできる。それによって人は時として悪にもなるが、それでも生まれもった悪人などはいないという性善説の社会が成り立ちうる。

こう考えると日本は性善説だから大丈夫などと安穏とはしていられなくなります。

【ほぼ単一民族国家】や格差の少ない社会という前提が覆れば日本だってアメリカのような悪人は生来から悪人であるという勧善懲悪型の性悪説的な社会に向かわざる負えないのではないかと。

それとも人はいつか人種や民族や宗教や格差の壁を乗り越える事ができるのでしょうか。そう願ってやみません。



コメント すみませんが海外スパムが大変多い為手動認証してます。基本、日本語のコメントは全て認証します。