理想のジェンダー平等とは?ジェンダーフリーを推し進めた先の理想郷を反フェミニズム的に考える

【雑記】

私はジェンダー平等に大賛成だ。ジェンダーフリーが世界的に求められる昨今、遅れているとされる日本が目指すべき理想郷について考えてみる。ただし私はSNS上の陣営カテゴリで言うなら反フェミニズム派なのかもしれない



何故ジェンダー平等に大賛成なのに反フェミニズム派なのか

何故ジェンダー平等に大賛成なのに反フェミニズム派なのか、あなたはいったいどちらの考えなのか?

ここまで読んできた皆さんはこう思われているでしょう

言葉の定義をググるとこんな風に出てきます

  • フェミニズムとは女性に対する差別、不公平の解消を主張し男女同権を求めるもの
  • ジェンダーフリーとは「従来の固定的な性別による役割分担にとらわれず、男女が平等に、自らの能力を生かして自由に行動・生活できること

どちらも似てはいますが決定的な違いは一般的に知られるフェミニズムは女性に対する目線しか存在しない

これでは女性に対する差別、不公平の解消を主張はしても男性に対する差別、不公平は決して主張しない人たちに見えてしまうのです

この様な態度だと見なされることはジェンダーフリーの理想郷をお互いに築こうという行為にはあまり良くありません

ジェンダーフリーの考えも根本はフェミニズムから来ているし現に女性側に大きく寄り添っているじゃないかとのご指摘もあるかもしれませんが似て異なります。ジェンダーフリーはあくまで最終的には性的マイノリティも含めた男女平等を目指すものなのです。フェミニズムの目指す男女同権は対に達成するべき男女同義務ではない可能性を含むと思う訳です

私は男女ともに今現在持っている社会通念含めた広義の既得権益的なものをお互いに一回正直に手放してから議論したいのです。ただしここでの議論は全て日本国内だけを対象にします、他所の国の事は良く知らないので

もし女性が今持っている社会通念含めた広義の既得権益的なものなんてひとつも無いとおっしゃる方がいらっしゃるならこう問うてみたいのです

今の日本の女性の大半はもし次に生まれ変わるなら男性に生まれたいと思っているのでしょうかと

そこに答えの半分以上はあるのではないかと思うからです、ちょっとググってみたらこんな感じでした

Q.もし生まれ変わるなら、次はどちらの性別で生まれたいですか?

男性 53.3%

女性 46.7%

(男性の回答→男:74.3% 女:25.7%)

(女性の回答→男:38.3% 女:61.7%)

質問の結果、男性が若干多いもののおよそ5分5分と言う結果に。そして「男性が男性にまた生まれ変わりたい」率が7割越え、「女性がまた女性に生まれ変わりたい」率が6割越えと両性とも半数以上がおなじ性別に生まれ変わりたいということがわかりました。

マイナビ学生の窓口フレッシャーズより引用

もちろん同じ事象であっても人によって既得権益だととらえるか差別だととらえるかは変わってきます。ですから既得権益かどうかなんて自分がどう思うのかだけの事なので、「そんな個人の主観は議論の対象にはならない、もっと不変的な価値観について議論するべき」とおっしゃる方もいらっしゃると思います

ですが従来の固定的な概念に捕われないジェンダーフリーの理想郷を探る上では実はここが一番大事な点だと考えているんですがまあこれは後の章で

という訳でフェミニストの方々もジェンダーフリーの考えに賛成であるならば、女性の側の立場ばかりを主張する「フェミニスト」ではなく「ジェンダーフリー」を唱えたならもっと今よりは対立や誤解が無くなると思うのです

結果だけ先走ってはならない、ジェンダー平等には社会通念が徐々に変わるのを待つ忍耐も必要

ジェンダーギャップ指数が下位に沈む日本ですがクオータ制を導入すればあっと言う間に改善できるでしょう

しかしこれは禁じ手に見えてしかたがありません

クオータ制の導入候補は国会議員と会社役員かと思いますが、これらに選ばれた女性が多少実力が劣っていても世間からヤリ玉にあがらないのであれば良いのですが実際はどうでしょう

ここで何故クオータ制で選ばれた女性は多少実力が劣ると決めつけているのかご説明します

それは志す者の裾野の大きさとピラミッドの頂点の高さはある程度比例すると思っているからです

クオータ制論者の方は制度が出来れば一機に裾野の大きさは広がるからいずれは問題はなくなるだろうと言うでしょう。私もそうは思いますがリスクもあります

それは思ったほど裾野が広がらなかった場合です

そして裾野が広がったとしてもいずれはであって当面は問題があるわけです。この間に本当に問題が起きてやっぱり女性枠には問題が・・となった時一番キズ付くのは当の女性たちになってしまう

私は事を性急に進めるよりも最も地道な方法である子供たちの教育の段から始めるのが吉なのではないかと思う訳です

これが道標・社会通念がすっかり改革された後から生まれた子供たちはどんな人になってくのだろう

子供たちの教育の段からジェンダーフリーを推し進めやがて自然にジェンダーギャップ指数も良くなる、これが理想に見える訳ですがそれでは具体的にはどのようなジェンダーフリー教育をしそれによって結果としてどのような社会通念に変えて行くべきなのでしょうか

しかしここで大変残念な事に気がついてしまいます

ジェンダーフリーの概念とは「従来の固定的な性別による役割分担にとらわれず、男女が平等に、自らの能力を生かして自由に行動・生活できること

つまりジェンダーフリーの教育とは子供たちの個性や能力に応じて自由に行動させる事であって女の子にムリやりに政治家を志望させたり会社役員になりたいとさせるものでは無いのです

ジェンダーギャップ指数良化にとって最大のポイントは「将来はお嫁さんになるの!」と言っていた今までの女の子の率がジェンダーフリー教育後ではどれだけ変わってくれるか

そしてジェンダーフリーの教育により目指すべき社会通念も、あくまでジェンダーフリー教育を受けた子供たちが今後の自分たちの社会通念とはどうあるべきかと決めるものであって教育する側が決められるものではないのだ

あくまで教育する側は従来の固定的な性別による役割分担を強制しないだけであって、もしもそれでも子供たちが大勢において相変わらず我々世代と同じような性別による役割分担を自ら選んだなら結果としては何も変わらないのである、ジェンダーギャップ指数危うし

しかし考えてみれば我々はジェンダーフリーを目指すのであってジェンダーギャップ指数なんてクソ食らえだと言えるのも確かなのである

ともあれジェンダーフリー教育を徹底させた後の社会通念がどうなっていくのかは子供たちの選択次第なのである

これではジェンダーフリー教育をするのはいいが、その後子供たちはどういう進路を志望してどんな労働力を提供してくれるのかさっぱりわからない事になる。進学したい学校や就職したい会社と志望する子供たちの大きなミスマッチなども起こるかもしれない

これを防げないにせよ緩和ぐらいはするには予め子供たちの志望進路の変化を予測し先回りで準備しなければならない

この予想をする上で先の章で少しだけ触れた何を女性は男性はそれぞれの性における既得権益と感じているのか、何を差別と感じているのかという個人の主観がとても重要になってくると思うのです

そしてさらに気の長い話になりますがどれだけジェンダーフリー教育をしても子供は半分は親の生きるその姿から学んでしまいます

つまりジェンダーフリーな教育によって自然に生まれる本当の新しい社会通念というのはその子供たち自身が親になってさらにジェンダーフリー2世となる子供たちを育て始める頃まで出来上がらないのかもしれません。それまで私はまず生きていないので見届けられないのが残念です



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