こんにちは!今日は、最近見た映画『街の上で』及びに舞台となった下北沢について書きたいと思います。この映画は、『愛がなんだ』でスマッシュヒットを飛ばしたダメ恋愛の巨匠・今泉力哉監督の作品でその舞台は下北沢の街、聞いただけで期待が高まる要素満載なのです。
『街の上で』
今泉力哉監督 「いつまでも続けたい青春と現実への折り合いの狭間」を描き続ける名手
ちょっとだけ知らない人向けに今泉力哉監督について紹介させてください。
今泉力哉
【主な作品】
『サッドティー』『パンとバスと2度目のハツコイ』
『愛がなんだ』→代表作
『アイネクライネナハトムジーク』
『mellow』/『his』/『街の上で』
『あの頃。』/『窓辺にて』/『ちひろさん』
今泉力哉監督はきれいに行かないグダグダ感のあるリアル系恋愛映画を多く手掛けダメ恋愛の巨匠の異名を持つ監督さんです。
私はこの中で『愛がなんだ』『あの頃。』『アイネクライネナハトムジーク』『his』と今回記事の『街の上で』の5本を見させていただきました。
今回記事の『街の上で』の主演:若葉竜也さんはこの5本の内3本に出演しているのを筆頭に他にも重なるキャストがとても多いです。キャストからして独自の今泉ワールドを築いているなと思います。
そして何と言ってもダメ恋愛の巨匠たるその作風に唯一無二性を感じます。
世の中には上手くいく恋愛よりも圧倒的に上手くいかない恋愛のほうが多いわけです。だからこそ観客はせめて恋愛映画ぐらいは上手くいくキラキラキュンキュンしたものを求めるのかもしれません。恋愛映画のお約束が「やっぱり恋愛って良いものだなって思わせてくれるものである事」の理由なのでしょう。
しかしそこを敢えて恋愛ってそんな甘いものじゃないよねっていうリアルを突きつけて行くスタイル、それでいて登場人物に対するまなざしには何とも言えない温かさを感じることができる世界観と軽やかなコメディタッチが今泉監督作品の魅力だと感じます。
そして決して答えを押し付けずに観た人に委ねるスタイル。
それはカット割りにも表れバストアップのカットを極力使わずツーショットの長回しワンシーンワンカットを多用します。これによってどちらの役者さんを見るのかどこを見るのかさえも観客が選ぶ事ができる。後述しますが『街の上で』ではこのカット割りが絶大な威力を発揮しています。
もうひとつの今泉流
人ってそう簡単に変わるものじゃないよね
登場人物たちが物語の終わりに大きく成長する事はまずありません。逆に言えばそんな大きな事件が起こらない小さな日常を描きながらもドラマとして十分に成立させているとも言えます。
今泉評で良く書かれている事ですが、端役ですらとにかく女優さんを魅力的に撮るのがとても上手いです。監督のどのキャラクターにも向けられる優しい目線が引き出す魔法なのでしょうか。それとも単にオンナ好き?
そんな今泉作品5本見て通底するテーマは
いつまでも続けたい青春と現実への折り合いの狭間
なのではないだろうかと勝手に私は思っています。
『街の上で』 下北沢以外の街では描けない空気感
さてようやく主題の『街の上で』です。この映画は下北沢映画祭にプレミアム上映する作品を作ってほしいとの依頼からスタートしていてロケ地が下北沢である事だけは初めから決まっています。
予算も潤沢にある訳ではない中でも単なるご当地映画に終わらず今泉ワールド全開のとても愛おしいと思える映画に仕上がっています。
劇場公開日:2021年4月9日
若葉竜也 穂志もえか 古川琴音 萩原みのり 中田青渚
成田凌(友情出演)
監督:今泉力哉『愛がなんだ』
脚本:今泉力哉 大橋裕之
ストーリー(ネタバレ有り)
恋人の雪(穂志もえか)の誕生日祝いの部屋で浮気(本気)を告げられた上に振られる古着屋で働く青(若葉竜也)。雪への想いを捨てられない青はやりきれない日々を送るが、ある日突然美大生の町子(萩原みのり)から卒業制作の映画に出演してほしいと頼まれる。これを引き受けた事をきっかけに青の日常に小さな変化が積み重なって行く。
見どころ 下北沢以外の街では描けない空気感と今泉監督マジック
見どころ(ネタバレ有り)
- 青とイハ(中田青渚)の17分にもわたる超絶ロングカットによって描かれる恋の始まりを予感させるシーンはイチオシ。萌えほのぼのとしていて見ていてとても幸せな気分になります。ここは監督自らも「自分にしか撮れない自分の手形になったシーンだ」とおっしゃっています。ここの考察は次項で詳しく書きます。
- 4人の女優陣(穂志もえか、中田青渚、萩原みのり、古川琴音)の魅力を全開に引き出す今泉マジック。
- 下北沢という街の懐の深さと独特なカルチャーや空気感を名もなき端役たちを生き生きと描くことによってさりげなく感じさせてくれる。ロケ地に使われた古書店、居酒屋、喫茶店、ライブハウス、劇場は監督の常連の店だそうです。
【考察】青とイハの超絶ロングカット(ネタバレ有り)
チマタの評判はもっぱら青とイハの超絶ロングカットです。
このシーンは雪と間宮(成田凌)の楽しくない別れ話の場面との対比を成すシーンで、青とイハの恋の始まりを予感させる楽し気な場面として描かれます。でも極めて不思議なシーンですよね。考えると謎が多い。
- 何故イハは今日会ったばかりの5才ぐらい年上の男性を夜の自宅に誘ったのか、危険は感じなかったのか
- イハの家は何故あんなに広いのか、何故撮影の控室として使用されているのか
- 実際もお茶の上とは?謎の布の正体は?何故広げるのを手伝わせた?
イハは危険を感じなかったのか
イハは危険を感じなかったのか。本当に感じていなかった場合、昼間の青の緊張っぷりから青という人をある程度見切っていたのでしょう。流れで良い雰囲気になってしまったらそれでもまあいいかなぐらいはひとまずは青の容姿も性的に刺さっていたのかもしれません。
イハの「聞きますよ恋バナ」のセリフはイハにしてはやや強引に持って行った様にも感じます。
これは恋バナに話を振ってみたら青は雪に未練タラタラなので変な雰囲気になってどうこうなる展開はなくなったかな、でも別にいいやこの展開の方が好きやし、って所でしょうか。
その上で別れたい彼氏に青を見せる為に利用した可能性もあるかもしれないし無いかもしれない。これは解りませんね。
束縛する彼氏と嫉妬するほどの関係性でもないと言い切った上に一晩共にしても何も起きない青は対比としてカウンターが当たっていてイハの「友達になりたいかも」のセリフへと繋がっていそうです。
イハの部屋の秘密
イハの家があんな広いのと控室に利用されていたのは何故か。イハの家と言っても実はイハはあの部屋の住み込み管理人的存在なのかもしれませんね。控え室として使用していた時のソファーが夜には全て隅っこに避けられている所からしてあのリビングダイニングはイハの個人の空間ではない様に感じます。
もしかしたらイハは青を自宅に呼んだ感覚はあまりなくてあくまで公的な場の控室に呼んだつもりだったのかもしれません。この場合は青と良い雰囲気になっちゃうかもという想定自体していないのかもしれません。
イハの家の広さはそんないろいろな可能性を考えさせる絶妙な設定だった訳です。深い。
実際もお茶の上とは?謎の布の正体は?何故広げるのを手伝わせた?
あの布は何だったのか。
ヒントは明後日撮影で使う、広げて大きさを確認した事、「実際もお茶の上なんで」、たたみ方も仕舞い方も少し雑に扱っていたこと
ここからイハの言葉を素直に信じるならば明後日の撮影で使う居酒屋の様な大きなテーブルの上にかぶせて置く布で、撮影までの間の料理を保護する為、あたりが考えられます。
イハの言葉を信じないならば、のっけに手伝わすという役割を与える事で青の他人の部屋に来たという居心地のおぼつかなさ(アウエイ感)を和らげてあげたかった、あたりなのかもしれません。この場合「実際もお茶の上なんで」とは正に今がこの布の出番なのでという意味になりそうです。
久しぶりに下北沢のあの店に行ってみようかな
今回は珍しく一見ハッピーエンドです。がラストシーンの直前にイハや冬子(古川琴音)に青への恋心の始まりを予感させる伏線が張られます。これこそが今泉ワールド。これでお二人さん後は末永くお幸せに・・・なんて事はめったやたらに起こるものじゃないよね。人生はもっと平坦な事に満ち満ちているよね、人の心も移ろったりして永遠の愛なんてそう簡単に誓えるものじゃないよね。だからこそひとつひとつの出会いを大切にしなきゃいけないし、名もなき街の人たち全てに愛おしさを感じる事ができるんだ。小田急線がまだ地上を走っていた頃以来の久しぶりに下北沢のあの店に行ってみようかな。下北沢には今でも青や雪やイハや町子、冬子がいそうな気がする、そんな映画でした。
街の上で・ロケ地めぐり
「街の上で」は下北沢映画祭に出展した作品だけあって正真正銘ロケ地はオール下北沢です。ロケ地を巡ってみましょう
①青の古着屋
青の古着屋だけ他のロケ地とは大きく離れています。イメージにぴったりの場所を探し回った事が伺えます。店の前の椅子は映画用ではないようです。
⓶古書ビビビ
冬子の古書ビビビは実在するお店です。映画だと木造家屋の様なイメージがありますが実際はRC造の立派なビルの中にあります。店内は映画のイメージそのままの雰囲気です
店のドアには「街の上で」のポスター。「青のTシャツ最終入荷」「街の上で」パンフレット販売中
③劇団白鳥座
劇団白鳥座。聖地巡礼の女の子が写真を撮ってもらったところ
④サ・スズナリ
赤いポスターケースの前が青とお巡りさんの絶妙コントの舞台。
⑤マスターのバー
マスターのバーがあった建物は取り壊されてしまいました。街は常に移り変わっていきます。
2018年のストリートビューで辿りましょう。「山角」さんの左の入り口から青が店内へ入っていきます。
⑥ラーメン珉亭
「珉亭」は実は2回でてきます。1回目は冒頭の青がふらりと入るラーメン屋。2回目は青が撮影をするシーンの集合場所が珉亭の真横の喫茶店。実際は赤い大きな看板がかかっています。
店の正面にクルマが・・青がド緊張の撮影をしたのは左のお店です。
⑦撮影場所の喫茶店
喫茶店と思い込んでいましたが実際の店は焼き肉屋さんでした。奥に珉亭が映っています。
⑧居酒屋「にしんば」
「にしんば」も実在の店舗です。青とイハがここから皆と離れホームへ。
⑨雪が漕げなかった坂
「やっぱ彼女じゃん」の名シーンの舞台となった場所。右の階段から告白用シャツのカップルが降りて来て正面奥からやってきた青とイハにすれ違います
やっぱり1車線道路の通りは街になじむ
ロケ地巡りいかがでしたか。
下北沢の主な通りって道路としてはどこにでもありそうな1車線道路ばっかり。でもそこに立ち並ぶ店舗の集積っぷりは都会そのもの。昔からの木造の歴史ある店舗もしっかりと元気がある、これがこの街のいいところだと思います。バブル期のノリみたいなただ新しいものに飛びついて古いものは見向きもしないのでは街はすり減っていくだけなんだなと感じます。
そして下手な大規模再開発がされていないのが逆に魅力を大幅に高めてると思うんです。再開発って道路の整備中心になりがちでもし4車線道路なんでできちゃったもんなら大河で街が分断されたようなものですよね。一般的な2車線道路ですらも川みないなもんです。
でもやっぱり繁華街って歩いて散策してナンボですよね。ただ通り過ぎるだけの街に用事の無いクルマが近寄って良いところじゃないはず。
やっぱりクルマ社会じゃなかった時代の道は街になじむ。未来永劫下北沢はどうかつまらない碁盤の目の街に変わらないでね。心底そう思いました。
下北沢って何がそんなに違うの?唯一無二な街の所以とは
下北沢って言われても良く知らないよって方に向け、かなり浅いですがちょっとだけご紹介します。
下北沢は私鉄沿線の駅でJR線では行けません。新宿からは小田急線で二駅目(急行)。渋谷からも井の頭線で行くことができます。
同じ様な私鉄同志のターミナル駅として下図の様に京王線の「明大前」があります。
「明大前」といえば大ヒット映画「花束みたいな恋をした」で麦と絹が出会った場所として有名です。
しかし明大前と下北沢、街の特性は全然違います。
「花束みたいな恋をした」で麦と絹はサブカル好きなカップルとして描かれますが、そのサブカルはあくまでメジャー寄りなのです。もし二人の出会いが下北沢であったなら映画の設定自体にムリが出てしまうほどに下北沢のカルチャーはインディーズ志向です。つまり「花束みたいな恋をした」の明大前は特に色のついていないターミナル駅として選ばれているのです。
下北沢のカルチャーがいかにインディーズ志向なのかが端的に解るグーグルマップをお見せします。
↑上図は劇場で検索したグーグルマップです。御覧の様に下北沢に異常な程に劇場が集中しているのが良くわかりますね。
↑古着屋で検索しても下北沢の集積っぷりは圧倒的です。明大前を地図の中央にしてこの差です。
↑レコード店で検索してもご覧の通り
↑ライブハウスもこの通り
劇場、古着屋、レコード店、ライブハウスがこれだけ集積する下北沢がいかにインディーズ志向の若者文化発信基地であるのかがとてもよく表れていますね。
もちろん、大繁華街である新宿や渋谷ならこれらの規模でも下北沢に負ける事はありません。しかし下北沢は新宿や渋谷と違ってインディーズカルチャーの担い手が何とか下宿する事を許す街、これこそがこの街の最大の強みなのでしょう。
下北沢に限りませんが世田谷のこの辺りは戦争時に空襲被害をあまり受けなかった地域です。その為戦後の大規模な区画整理が行われず戦前からの曲がりくねった道路がそのまま残っています。
この曲がりくねった道沿いに立ち並ぶ小規模なビル群の景観もまた綺麗に区画された街には無い居心地の良さを増幅させてくれている様な気がします。
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