「僕」よ、しっかりしろ!17才の桜良が見てるぞ!映画「君の膵臓をたべたい」

「そんなんじゃ死ぬに死ねないよ」桜良は少しだけ暗い顔をして言った。「君の膵臓をたべたい(映画)」の終盤のヒロインのセリフ、これ見てる方は泣くに泣けないです。



何やら最近、年初来安値を更新する「Jストリーム」から目を逸らすわけではないのですが小説やら映画をやたらと見ているのです。前回の「君は月夜に光り輝く」がとても良かったので次は当然このタイトルなのです

映画「君の膵臓をたべたい」

「君の膵臓をたべたい」とは

映画「君の膵臓をたべたい」とは、住野よるの同名小説原作による興行収入35億円超えの大ヒット作品です。

膵臓の病気で余命わずかな女子高生・山内桜良と、彼女の秘密を知ってしまった男子高生・僕との切ない恋物語を描いています。

ぎょっとするタイトルの意味は秘密です。こればかりは書けません。知りたい方は本編を見て下さい。

原作小説は、2016年に本屋大賞第2位を受賞し、2017年に実写映画化、2018年にアニメ映画化されました。

当時17才の波辺美波の高校生役は出色、そりゃ新人俳優賞も納得

この映画の魅力は何と言っても、当時17才だった浜辺美波さんの存在にあると思います。彼女は当時の自分と同じ17才の少女を見事に表現し、見るものを引き込みました。彼女の演じるシーンはどれも印象的でリアリティがあって、まさに「神がかっている」と言えるほどの存在感を放っていました。

もちろんそれを際立たせる北村拓海さんの受けに徹した名演も外せないですがヒロインがあまりにも鮮烈なのです。

あんな可愛い同級生に仲良くしてもらって好きにならない男子はまずいないでしょう。

ちなみに浜辺美波さん北村拓海さん揃って新人俳優賞を受賞しています。そりゃ納得しますわこんなの。

だってストーリーもヒロインありきなのだ

すみません。ここからはかなり辛口の感想になってしまいます。

浜辺美波さん演じる山内桜良は信じられないほど可愛らしく愛くるしいのですが私がこの映画で泣けるかというと実は全然泣けないのであります。

それは何故なのかというと、ひとつはあまりにもヒロインありきのストーリーだと思ったからです。

あまりにもヒロインありきのストーリーとはどういう事か。

それは主人公の「僕」があまりにも平凡すぎるのです。最初は平凡な男の子でも物語の終わりには何かしらの大きな成長を見せてほしかったのです。

原作の小説ではそんなシーンで終わるらしいのですが(今回は原作読んでません)映画ではオリジナルアナザーストーリーを入れた為にその成長はあまりにも遅くあまりにも頼りないものに感じてしまうのです。

映画版ではオリジナルアナザーストーリーが差し込まれ本編の物語から12年後の主人公の「僕」が本編とパラレルに描かれているのですがここにシナリオ上の大きな落とし穴が。

成長を思わせる行動をするのが原作では本編の終わりの部分なのに対して、映画ではアナザーストーリー部分、つまり本編から12年後なのです。

え「僕」君、12年間全然変わってないじゃん・・・・・・・・今29才だよね・・・・

もともと本編はヒロインが「僕」を引っ張りまわすストーリーです。「僕」は後付けで理由をつくれば雑な言い方をすれば誰でも「僕」は勤まるストーリー展開だと思います。

それだけ「僕」という平凡な男の子が突然魅力あふれる女の子に仲良くしてもらうという男の子にとっての逆シンデレラストーリー。

このストーリーで見るものを引き込む手段はただひとつ、それは圧倒的なヒロイン「山内桜良」の魅力とリアリティ。

桜良を演じた浜辺美波さんはこの重責を期待を大きく上回る成果を持って果たしたと思いますし北村拓海さんも見事に引き立てたと思います。俳優陣には文句はありません。

桜良の魅力に酔いしれきってしまえば、桜良を亡くしたという喪失感で感情が大きく揺さぶられるのも分かります。

だからこそこの映画は大ヒットしたのだと思います。

ヒロイン一人だけ精神的に飛びぬけた存在にせざる負えない

ヒロインのみにストーリー進行の原動力を頼るシナリオ上どうしてもヒロイン一人だけ精神的に飛びぬけた存在である必要がでてしまうのは解ります。そうでなければストーリーはあまりにも平凡な進行しかできないと思います。

ですので桜良のセリフはたいがい巧妙に明るくてノリの良い女子高生特有の可愛らしさを纏っていますがその内容は実は教示的であったり指示的であったり誘導的なのです。

よく「桜良」のセリフが綺麗すぎると評される所以です。

これは彼女一人が回りの同級生に比べて飛びぬけて指導的存在でなければならない事に起因していると思います。

そうなんです。ここが見えてしまうとこの映画とたんに泣けなくなるのです。正確には泣くに泣けなくなる。桜良が可哀そう過ぎて。

だって桜良にとっての救いと望みとは「僕」や「恭子」が成長してくれる事なのに、成長した「僕」や恭子の中でずっと生き続けていく事なのに・・・・・「僕」ときたら

そう考えると桜良の最後も何故そうなのかが解る気がします。

「僕」にはまだ桜良の本来の最後に立ち向うだけの成長ができていない。だからあの突然の結末にしか他にしようがないのだと。

2度目の旅行を通して大きく成長する「僕」と最後の素敵な思い出をつくる桜良を見てみたかった。

かなり辛口な感想がならんでしまいファンの方で気分を害したらお詫び申し上げます。

きっと私もあまりにも桜良にココロ持ってかれたので一周廻ってこじらせているだけかもしれません。



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