日本の街はいつからこんなに綺麗になったのかPart2

日本の街はいつからこんなに綺麗になったのか

 

引き続き筆者の記憶から辿るこのテーマ「日本の街はいつからこんなに綺麗になったのか」Part2です。

前回は筆者小学生時代の記憶を辿り昭和45-51年当たりは現代の綺麗さとは程遠かったと結論づけました。

Part2では少し時代を経て筆者が社会人となった昭和63年-平成初頭あたりの記憶を辿って行きたいと思います。


昭和63年-平成初頭、バブル景気崩壊を境に時代は循環型社会へ

 

筆者が晴れて大学を卒業し社会人となったのは昭和63年で、まだバブル前夜でありながらも、求人は上向き傾向であり就職活動もそれほどシビアなものはありませんでした。(就職氷河期世代のみなさんには頭が下がります)

さてピカピカの社会人となった筆者の目に映る街の光景はどうだったか。

小タイトル「バブル景気崩壊を境に時代は循環型社会へ」とある様にやはり一個人の目であっても、バブル崩壊前と崩壊後でかなり違った印象があります。

バブル崩壊前は産業廃棄物処理法が施行されたり、ごみ処理施設の拡充等の施策もされましたが、それでも増える一方のゴミ・産廃に対して世の中全体があまり正面から直視していない様な雰囲気がありました。

ペットボトルの処理がやっかいだという記事がやたらあったけれども、それならばどうすればいいかとなると答えられている記事を見た覚えがないです。

これまで公害や大気汚染の問題については大きな社会問題として正面から取り組んできたため、この頃ではこれらの問題はほぼ克服しつつあるものという社会認識だったのに対し、ゴミ・産廃の最終処分場が逼迫してきた事はそろそろ本気で取り組まなければならない問題だったはずです。

でも時代はそんな事を片目でチラ見しながらも、数百年に一度?の大祭りであるバブル景気に浮かれていた・・・これが今だから思う当時の時代背景だったんだと思います。

さて、大祭りが終わりみんなが現実に返った時このゴミ・産廃の処分場不足の問題が急に社会問題化するのも当然の帰結だった訳です。

平成初頭、産業廃棄物の大規模不法投棄の問題やごみ処理場におけるダイオキシンの問題等が社会問題化していきました。「母乳からダイオキシン」はかなり強い印象があります。

 

そして時代はゴミ・産廃をリサイクルする事によりその量を減らすと同時に再び資源として利用し省資源化をも図る「循環型社会」へと大きく舵を切る事になります。

 

Part3に続く

2 Replies to “日本の街はいつからこんなに綺麗になったのかPart2”

  1. 60代の男性です。私も同じことを考えていました。いつからきれいになったのだろうということです。
    私の記憶でも、以前日本の街は汚かったです。とにかくたばこの吸い殻がどこかしこに落ちていました。そしてタバコの箱やセロハン。こうしたごみが落ちているので、自然と平気でほかのごみもぽ捨てするということが多かったのだと思います。私の記憶では、大きな転機になったのは、昭和62年頃に、当時の営団地下鉄が、確か外国の地下鉄火災を契機に、駅行内の全面禁煙に突然踏み切ったことだと思います。これを起点に、地下鉄の駅構内が見違えるようにきれいになりました。また時期は相前後すると思いますが、たしか尾瀬でごみ箱を廃止して、ごみは持ち帰るようにという運動が始まり、これもすこぶる良い影響を与えたようです。
    しかしそれにしても、以前は外国は日本とごみ一つ落ちていないといわれたものですが、まったくと言ってよいほど逆になってしまったというのは何とも理解を超えています。
    外国人が多くなっている今日こんにちですが、再び汚くないように努力したいものです。

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