日本の街はいつからこんなに綺麗になったのかPart3(最終回)

 

日本の街はいつからこんなに綺麗になったのか

 

前回はやや短めに終わってしまいましたが、シリーズテーマ「日本の街はいつからこんなに綺麗になったのか」もいよいよ今回Part3で最終回です。気合を入れて記事書きます。

前回、昭和63年~平成初頭でのバブル景気崩壊前後の変化を見てきましたが、今回Part3ではその後の動向~今・現在に至る過程を見て行く中で「この辺から日本の街は劇的に綺麗になったんだ」というポイントを見つけ出したいと思います。


循環型社会構築の時代へ

 

平成初頭辺りからゴミ産廃の減量化の必要性が高まり様々な取組がなされて行きます。

筆者の記憶ではこの辺から、ゴミの分別回収を行う自治体が増えてきたと思います。

筆者の住んでいた川崎市ではまだそんなにやかましく分別をしなくても良かったけれど、他の自治体で分別しなければならなくなったというニュースを見るにつけ「ああ政令指定都市に住んでいて良かった」などと、分別しなければならなくなったのはそこが小さな自治体で能力が低いからだと勝手に思い込んでいました。それが誤った認識であったのは云うまでも有りませんが。

そして嫌な予感はしていましたがいよいよ自分も分別しなければならない時がきました。

その頃はゴミの分別がかなり大きな社会的話題となっていた記憶があります。

奥様俗が井戸端会議をしているとまずこの話題だったり、テレビでも随分取り上げられたり、なかにはノイローゼ気味になったなんて言う声もありました。

今までゴミ出しなんて何曜日に出せるのかだけ覚えておけばOkだったのが、やれ瓶缶は何曜日だのガラスは月一度やらやたら事細かく管理した上で出さなければならなくなったのですから人々の反応がとても大きかったのも当然だと思います。

ただ、ここで人々がゴミ出しというものに正面から向き合うようになった(ならざるを得なかった)のは間違いないと思う訳です。

 

さて、このゴミの分別は今では誰でも当たり前の事としていますね。

ここで筆者はひとつの帰結を見ます。

それは

この分別をする様になった事が実は今回追いかけているテーマ「日本の街はいつからこんなに綺麗になったのか」の大きなターニングポイントなのではないか

という事です。

理由をご説明します。

ゴミ分別を日々義務として行っていくうちに、すぐに棄てられなくても棄てられる時まで管理しておけるスキルと耐性がついたはずです。

これは街中にいる時でも同じように発揮され、例えば缶ジュースを飲んだ後周囲にゴミ箱がないからといってポイ捨てする事なくゴミ箱を見つけるまで持っている事が出来る耐性が発揮される様になった人が増え始めた。

家から缶をゴミ出しする時は何曜日だけなんて言うルールをきちんと守っている人が街中ではポイ捨てするなんて何か普段の自己の否定の様だし、そもそも人の行動として矛盾しています。

それどころか地球環境を思いやり再資源化するんだと言う高尚なる域に到達した人だっているはずです。

流石に誰も彼も急激にこうなった訳ではないとは思いますが、街中にポイ捨てされたゴミの量というのは、心無い人の割合と比例するはずですが、分別ゴミ出しを続けていくうちに心無い人の割合は徐々に減って行ったと思う訳です。

そして、世の中の循環型社会の構築の動きはこのような確実な成果を挙げながらさらに進んで行きます。

家電リサイクル法や産業廃棄物処理の規制大幅強化など人々の意識を半ば強制的に変える事を目的とした法も加わって行きます。

そうこうしてある一定水準まで街が綺麗になってくると今度は、その綺麗な環境自体に感化される人が出始めます。

こんなに綺麗だった所を自分が汚すわけには行かないという心理が働く訳です。この段階まで来ると街の綺麗さは加速度的に上がっていったはずです。

そしてエコ・地球環境保全が叫ばれる昨今、人々の意識レベルは今現在のトレンドである「人も社会も地球環境に優しくあれ」と言う極めて高尚なる見地へと繋がっていく訳です。

今回のテーマ「日本の街はいつからこんなに綺麗になったのか」について、明確に平成○年からですと言う答えは出せなかったですがおぼろげながらも平成初頭のゴミ出し分別化をきっかけにそれは始まりその後二次曲線的なカーブを描いて綺麗な街化が進み現在に至ったと結論付けさせて頂き今テーマの筆を置きたいと思います。(終稿)

 

 

 

 

2 Replies to “日本の街はいつからこんなに綺麗になったのかPart3(最終回)”

  1. 分別ゴミの制度が日本国民にゴミをすぐに捨てない耐性をつけたーいかにももっともらしいが間違ってますね

    あるいは家庭ごみを処分する主婦はもしかしたらそうなのかもしれません。 でも通常男たちは家庭ごみを処分しませんし、子供(小学生~大学生)もそうです。

    主婦が倹約しても夫や子供たちも倹約するとは限らないですね。
    ダンナは毎晩酒飲んで散財するというのは普通に見ます。
    それと同じでゴミ捨ての耐性が普段ゴミ捨てをやらない男や子供にも自動的についたとするのは無理がありそうです。

  2. 筆者は自分自身の狭い時間的スパンで見ているから本質を掴めていないのだろうと思います。
    日本の街が汚れ放題になっていた時期があるのは確かですが、それは高度経済・消費の爆発でモノがあふれた日本の一時的な現象であって
    今はキレイだが昔は汚かったではないのです。もっとむかしは今同様ににキレイだったことが分かっていません。
    ご参考まで http://yukashikisekai.com/?p=41554

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